消えゆくもの

 

この世は無常、現れては消えてゆく。

 

この世は無常、生まれては死んでゆく。

 

それがこの世の定め、この宇宙の絶対真理。

 

形あるものにとらわれ依存してしまう、手の中に握ったものを手放したくない気持ちが執着となる。

 

依存と執着は、いわばとらわれた状態。

 

つまりそれは不自由なのだ。

 

私たちは自由に生きたいと言いつつ、様々なものに依存するあまり、自ら不自由となっていく。

 

私たちは満たされたいと言いつつ、手に入れたものを手放せないことで不自由になっていく。

 

この世は無常。

 

それが真実なのであれば、今あるものにとらわれない方が、実は満たされるのかもしれない。

 

大切と思っているものを、過剰に握りしめることをやめた方が、実は自由になれるかもしれない。

 

 

 

僕が、キャンドルを灯すと思うこと。

 

火を灯す、キャンドル本体を燃料としながら、火は灯り続ける。

 

当たり前だが、燃料である以上は、火を灯すたびに減っていく。

 

火を灯せば灯すほど減っていく。

 

時間の経過とともに、どんどん減っていく

 

そして、やがてなくなってしまう。

 

火を灯している時は、周りを明るくしてくれる。

 

火が灯っている間は、辺りを美しく照らしてくれる。

 

火をぼんやり眺めていると、温かい気持ちにしてくれる。

 

だけど、火を灯すたびにキャンドル本体は減っていく。

 

そして、やがていつかは消えてなくなる。

 

ああ無常・・・

 

キャンドルが無常なのと同じように、私たちの肉体も無常。

 

生まれては消えゆく定めなのだ。

 

そのようなものにこだわりすぎてとらわれるから苦しみが生まれるのだ。

 

無我。

 

私なんてものはそもそもないのだ。

 

言葉で言うことは簡単で、日常ではやはり”私が私が”と自我意識が前のめりになっている。

 

 

無常と無我、そのことを悟るのはまだまだ先のようです。

 

 

 

 

 

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